2009年03月24日
23.42才で知った新しい母、実はSuper営業woman2
23.42才で知った新しい母、
実はSuper営業womanだった~続き~
『お母さんもね、昔、外回りしててね・・・。本当は内勤として雇われていたから
出たらダメだったんやけどね・・・。
(母が17~20才位の頃の事。そう戦後間もない昭和22年から25年頃
町の小さな郵便局の窓口にいたのだ)
局長が毎日毎日外に出て営業して来るんよね。その頃暇でね、お給料だけ貰って
部屋の中でじーっとお客さんを待っとくのも悪いやろ?
“お給料貰いよるんならその分働かんと!” と思ってね、こっそり出てね、
近くの会社に行くんよ。そしたらね、皆がお母さんに貯金してくれるんよ。
それかと思ったら、“あそこのあの会社の誰々部長さんとこに行ってみなさい。
言っといてあげるから”と言われて行ったら、また、そこの会社の人み~んな
お母さんに貯金してくれるんよ』と。
!?!?!?!?!?
もう聞きながら口があんぐりだった。
更に
『保険もね、よくお母さん一番になりよったんよ』
『簡易保険ってあるやろ?あれよ。でね、“隣町の郵便局の誰々が一件も取れてないから
倉富さん(母の旧姓)、あんたの結果を少し分けてあげていいね?”と局長から
よーく頼まれよったんよ』
とまで言ってのけた!!
もう私はビックリ仰天!!
「えーーーーっ!!!お母さん、人間関係創りきらん人やなかったとーー?」
「だって、私が小さい頃、アパートのおばちゃん達からよく陰口言われたり、
文句言われたり、仲悪かったやん!?」
(事実、電々公社の社宅住まいで、同年代の主婦、所詮今でいうママ友仲間だ。
何か私の母にだけ除け者のような人間模様を小さいながらみきちゃんは
しっかり感じ取っていた)
私の驚きに対し、母曰く
『そんなんあんた達二人を育てながら、昼間働いて、帰って来たらばぁちゃんがおって
みんなと仲良くする暇あるもんかね!!もう毎日が必至やったよ』
『おまけに、ばぁちゃんがお母さんの悪口やら何やら皆に言いよったんよ。
だけど、相手にする暇もなかったよ』と。
あーーーと感無量で何にも言えなかった。
さらに続く・・・
実はSuper営業womanだった~続き~
『お母さんもね、昔、外回りしててね・・・。本当は内勤として雇われていたから
出たらダメだったんやけどね・・・。
(母が17~20才位の頃の事。そう戦後間もない昭和22年から25年頃
町の小さな郵便局の窓口にいたのだ)
局長が毎日毎日外に出て営業して来るんよね。その頃暇でね、お給料だけ貰って
部屋の中でじーっとお客さんを待っとくのも悪いやろ?
“お給料貰いよるんならその分働かんと!” と思ってね、こっそり出てね、
近くの会社に行くんよ。そしたらね、皆がお母さんに貯金してくれるんよ。
それかと思ったら、“あそこのあの会社の誰々部長さんとこに行ってみなさい。
言っといてあげるから”と言われて行ったら、また、そこの会社の人み~んな
お母さんに貯金してくれるんよ』と。
!?!?!?!?!?
もう聞きながら口があんぐりだった。
更に
『保険もね、よくお母さん一番になりよったんよ』
『簡易保険ってあるやろ?あれよ。でね、“隣町の郵便局の誰々が一件も取れてないから
倉富さん(母の旧姓)、あんたの結果を少し分けてあげていいね?”と局長から
よーく頼まれよったんよ』
とまで言ってのけた!!
もう私はビックリ仰天!!
「えーーーーっ!!!お母さん、人間関係創りきらん人やなかったとーー?」
「だって、私が小さい頃、アパートのおばちゃん達からよく陰口言われたり、
文句言われたり、仲悪かったやん!?」
(事実、電々公社の社宅住まいで、同年代の主婦、所詮今でいうママ友仲間だ。
何か私の母にだけ除け者のような人間模様を小さいながらみきちゃんは
しっかり感じ取っていた)
私の驚きに対し、母曰く
『そんなんあんた達二人を育てながら、昼間働いて、帰って来たらばぁちゃんがおって
みんなと仲良くする暇あるもんかね!!もう毎日が必至やったよ』
『おまけに、ばぁちゃんがお母さんの悪口やら何やら皆に言いよったんよ。
だけど、相手にする暇もなかったよ』と。
あーーーと感無量で何にも言えなかった。
さらに続く・・・
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