2009年01月06日

12.どこにいても愛はエネルギーをキャッチする?!

12.どこにいても愛はエネルギーをキャッチする?!


段々と、母と心の会話が出来るようになったある日の事、電話で話をしていたら、何の話からか

「最近確かにあなたは生き生きしてる」と、母親から言い始めた。

「うん、そうねぇ」と、何と返答していいか逆に戸惑った。


今までは否定から始まって、私へのイライラが怒りとなり、最後は母自身の悲観で

終わってしまうというのがお決まりのパターンだから面食らった。

「そんなに嫌だったのかねぇ」

「大学生になってからよ。あなたは生きてて死んでるかの如くだったよね

と、いきなり10年も昔の事を言い始めた。その時思わず私も素直に、

「あーあの頃ね。あの時私ね、大失恋したのよね」

と、これまたこんなことお母さんに言ってしまうなんて・・・、と自分でも驚きだったがもう口から言葉が出ていた。

前後するが、初めてNAGAIのプログラムに参加した時の気づきの一つに、

親子で会話してると思っていたが実はデーターコミュニケーションなだけで、会話とは言えなかった!!

という事実だ。何を話していたかというと、


『どこの大学に行くね』

『就職はやっぱり何か資格を取っときなさい』

『結婚するのなら、それなりの人としなさい』

『田栗家というのはね・・・』 etc・・・



所詮、世間体、学歴、常識とは・・・そういう類の話はよーくしていた。が、

心の内を分かち合う本音の会話、悩みを打ち明ける等、全くした事が無かったのだ。

これでは、会話しているとは言わない。親とすらそうなのだから、ましてや他人様と心底腹を割って

などの人間関係を創れる筈がないのだ。


話は、電話口の時の話に戻るが、私の言ったのを受けて母は、

「そーやろ、何かあなたに起きてる、と思ってたのよ。でも、聞いても言わんやろうし
 と思って黙ってたんだけど、何かあったなぁとお母さん思ってたんよ」

と言われたのだ。もうビックリ!!だった。

何故かと言うと、私が行った大学は徳島大学だ。当時、福岡から徳島といえば、

約8時間掛かった。瀬戸大橋もまだ出来ていない時代だ。

母も父もまだ働いていたので、大学4年間一度も来た事が無い。勿論、入学式も卒業式もだ。

まぁ、もう大学生にもなるのだから、来て欲しいとも感じてなかった。

ただ、毎週土曜日に電話をしていた。たぶん私も大学生になったと言えども、18歳にして

初めての一人暮らし。遠い遠い徳島のまだまだのんびりとした田舎で、誰一人知った人のいない

地での生活は、淋しさ不安もあったのだろう。週に一度の電話が楽しみだった。

その時に感じたと言うのだ。

一言も失恋だの彼がだのそういう部類の内容の話は

全くしなかったのに、私の声だけで“娘に何かあった!!”とキャッチする母親の愛!!

凄いな!!と恐れ入った。と同時に感動だったのだ。


小さな頃から共働き、鍵っ子、学校の行事は比較的休みの取り易かった父がいつも来ていた。

“お母さん!”と呼んで側にいてくれた事が無い。当然のように手のかからないしっかりとした良い子。

大体一人で何でも出来るミキちゃんだった。

だから単純に甘えられない。“お母さぁ~ん!”と胸に飛び込めない。

だから見放されてる、放っぽらかされてるという思いが、心の奥底に欲求不満としてあった。

が、どこにいても、何をしていても、母は強烈に私の事を愛していてくれたのだ。

『何をしてくれなかった』とか、『家にいなくて淋しかった』とか、もうそんな事はどーでもいい!と思った。

逆に小さな乳呑み児をを置いて仕事に行かなければいけなかった母のつらさも

受け取れた。その中を必死に働いて育ててくれた事への感謝がただただ溢れた。


思春期の頃、そう言って母を責め立てた事もあり、本当に申し訳無かったと涙が溢れた。


どうひっくり返したって母の愛にはかなわない。それがどんな表現であれ、子を思う母の愛は

無限なのだ。が、子供は得てして、自分の望むような表現をされなかったら

“愛されてない”と思い込む。他人の母と比べて、『あっちの水が甘く感じられる』が違うのだ。

母親とて、その表現で母の母親から愛され育てられてるのだから、
その表現しか知らないのだ。それが100%の愛情表現なのだ。


こうして人間は、母性愛を受け継いできているのだ。
良い悪い、正しい間違いは一切存在しない。


NAGAIの提言の一つに、


自分そのものである母を100%受け入れ、完了し
ヒトの象徴であり、人生のナビゲーターである父を
尊敬し切り、超える。
そうすると、永遠のライバルである兄弟姉妹との関係を
現実の社会生活に投影している仲間との関わりが
「あなたは私、我々」という同志となり、
会話家族へとチェンジする。



というのがある。

母との出会いは、そのスタートである。

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