2008年12月16日

9.母 ・父への宣言<前編>

9.母 ・父への宣言<前編>


急性A型肝炎が急速に完治してから、両親との関係が急速に変わっていった。

それは、私の生きる質生きる会話体が全く変わったからだ。

あのつらさあの悲しみから、本当に憑きモノが落ちたように生まれ変わった。

嫌みを言われても、当たり前の自分という事実を受け入れ

両親への感謝のみがいつでも私を力づけ、

よし!今日も頑張ろう!!と、未知の世界を一日一日生きていた。

たぶん、そんな私の理屈抜きの素直さと生き生きさを

電話の声の様子や、ひょいっと数ヶ月ぶりに実家に立ち寄る私の姿に

離れていても感じてくれていたのだろう。

両親も穏やかだった。



そして、その年のお正月。ほんの一日ではあるが、今までに比べると

ゆっくりと両親と過ごした。

さぁ、明日はもう早く仕事場に戻るから・・・という夜。

何の話からか、いきなり母が、又怒りだした。

「大体あなたは、考えも無しに薬剤師を辞めてしまって云々々々・・・」

あららと思い、今がどれ位生き甲斐があって働いているかを話し始めようとしたら、

今度は、いつもは無口の物静かな父までが

「あんたはお父さんの気持ちがわかるかね!

やっと大学に行かせた。そしてやっと卒業した。そしてやっと就職した。

と思ったら、2年か3年しか働かんでポーンと出て行った。

お父さんのこの淋しさがわかるか!!

今でも夜眠れん!」


と大きな目からボロボロと涙を流しながら叫んだのだ。

もう私はビックリした。

父の母、祖母が亡くなった時くらいしか私は父の涙を見たことがない・・・。

脳天をかち割られるくらいのショックだった。

母から電話を切られたあの感覚とは、又違う。


優しくて大好きで、いつも小さい頃くっついていた恋人同然の父だった。


イコール父としても娘二人をどれ位愛し、

可愛がってくれたのか、あまり自分を出さない父が、

今、目の前でボロボロと泣いている。


真っ白になった。。

ごめんなさいしかなかった。。。


ところが、どう生きていくかと、私とて人生かけて迷い、そして決めて家を飛び出したのだから、

生半可じゃない決断だったのだろう。

不思議と冷静に、そして、しっかりとした口調で言葉が口から出て来たのだ。

「お父さん、お母さん。30年間育ててくれて本当に感謝しています。

大学まで出してくれたことも、有り難いと思っています。

そして薬剤師をしている時も一生懸命やった。いい加減な仕事はしていない。そして、

人生かけて私にしか出来ない事はなんだろう?

と自分に聞いた時に、今の仕事を私は選んだ。その事だけはわかって欲しい。」と。


そして、母からの言葉が、「もう親離れ、子離れやね。


あなたはあなたの人生を生きなさい。


もう今日限り、あなたが薬剤師だったということはお母さん忘れる!もう消す!」

と。



後編へと続く・・・



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